メモリアルでスーパーな猫の日のこと

まさかね~とか言いつつも、やっぱり滅多なことは言うものではなかったな。

本日私の誕生日が、祖母の命日となった。

家族全員が忘れえぬメモリアルな日になった…しかもスーパー猫の日だよ。猫を愛する我が家なので、これはもう年数まで全員ばっちり覚えちゃうよ!

前回日記から1週間しかあいていないが、その頃から皆心の準備はできていた、はずだ。上京して結婚生活を営んでいる末っ子も週末帰ってきたし。その彼女の結婚式用の写真を探しにアルバムをみていたら、母が「おばあちゃんの遺影これにしようと思うんだけど」って1枚の写真を見せてきた。お花畑がバックのいい写真だった。父方の祖母とのツーショットだけど、その祖母ももう数年前に亡くなった。

そういえば冠婚葬祭において必要なものって似ている。写真に参列の服に。近いと思っていた人が遠くなる感じとか。

 

先週、ついに祖母は一人暮らしの家から私の実家(祖母からすれば娘夫婦の家である)に連れられてきた。

母を中心に、産休中の妹や父や私、皆で介護を手伝った。家の中に嗅ぎなれない匂いがしていた。病院や、老人ホームのような。あれは何の匂いなんだろうな。排泄物はもちろんなんだけど、赤ちゃんだけではあの匂いにはなっていなかった。なんというか、死臭とでもいうものもあるのかなと思った。死期が近い人間からするかおり。

祖母は数年にわたり透析に通っていたが、ついに血管が透析に耐えられないくらい弱ってしまい、やめざるを得なくなった。そして具体的な死へのカウントダウンが始まった。

それから母は粛々と、定期預金の解約などを進めたようだ。賢い。

ここ数年、週3の透析通いやそれ以外にも毎日のように祖母の家に通って、食事の支度や洗濯や掃除片付けなどをしていたので、「いつか」に対する準備は整っていたように思える。果たして自分の時にそんな対応ができるだろうか…。

今日から落ち着くまではやることいっぱいでいいけれど、その後の母のことが心配だ。

 

浮腫んでいく足や、乾燥して粉を吹く体。「痛い」と言いながらやっと身を起こしても自分では座っていられず、もちろんトイレも行けず、声をかけても返事がないことも多くて、つらかった。私でこれなんだから、本当に母はすごい。

今日、いってきますと言い損ねたな。昨日、おやすみと言えたかな。

 

飲んで帰ってケーキ食べて飲むみたいな具体的な予定が無くなった今、

直帰した後のことが想像できない。